ローマ・デッサン帳

ローマでの生活、見たことや感じたこと、絵本と美術関係の仕事について綴ります。

第6回イタリアさわる絵本コンクールTOCCA A TE!

2021年9月9日より2日間にわたり、ローマのMAXXI国立21世紀美術館の別館にて、第6回イタリアさわる絵本コンクールTOCCA A TE!(あなたの番です、という意味。TOCCAREは本来「触る」という意味なので、「あなたにタッチ」と言った感じの訳がいいのかもしれません)の審査が行われ、大変光栄なことに審査員として参加する機会を得ました。

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このコンクールはEUヨーロッパ連合の助成を得て始められた、さわる絵本の製品化プロジェクトTYPHLO and TACTUSのさわる絵本国際コンクールのイタリア国内ヴァージョンで、2011年から隔年で行われています。TYPHLO and TACTUSは全ての子どもが楽しむことのできるデザイン性の高いさわる絵本の出版を専門としているフランスの出版社、Les Doigts Qui Rêventが2000年に始めたプロジェクトで、現在23か国が参加しています。そのミッションは視覚障がいだけではなく、そのほかの身体的障がいや精神的障がいを持つ子どもにもアクセス可能な、子どもたち全てを対象とした美しい絵本をプロモートすること。隔年の国際コンクールには、参加国の国内コンクールで受賞したプロトタイプが参加します。日本はまだ関わっていませんが、駒形克己の活躍する日本の参加はとても期待されています。

第6回イタリア国内コンクールに応募された絵本のプロトタイプは全部で136作品。

4月に予定されていたこのコンクールは9月に延期になったのですが、応募作品数は例年に比べて少なめでした。それはコロナウィルス感染症によるロックダウンで学校内での活動が停滞し、クラス単位で参加する児童生徒の作品の参加が少なかったためです。

学校のクラスの他、視覚障がい者の児童の教育に携わっている教員、視覚障がい者の児童のいる家族、視覚障がいをもった子どもや大人、図書館の司書、アーティスト、イラストレーターらなど、色々な人たちや団体が情熱をもって作った作品を応募してくるので、非常にインクルーシブな性格を持ったコンクールとなっています。 

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応募の規定はとてもシンプルです。寸法に対する制限はなく、作りがしっかりしていて子供にも読みやすいものであること、使用フォントのサイズは16以上、イタリア語の文字のテキストと同じ内容のイタリア語の点字のテキストを入れる、挿絵の入ったページは表紙を除き、12枚を超えてはいけない、使用する素材は安全なものであること、バインディングに関しても制限はないが、見開きページは触察による読書がしやすいように、平らな面に完全に開くように綴じること、などです。

審査団は視覚障がい者、視覚障がい者教育の専門家、児童文学の専門家、触る絵本の編集者、父母代表、司書などによる大人のグループと、視覚障がいを持った児童と健常児による子どものグループの二つによって構成されています。

今年の大人審査員は全員で17人。委員長はミラノの視覚障がい者支援施設のデイレクター。副委員長はさわる絵本の専門家であるパドヴァ大学教育学部教授と、視覚障がいを持つイタリア文学、哲学の高校教員。ジェノヴァで開催された第一回目から参加しているアッシジ、フィレンツェ、レッジョ・エミリア、トリエステの視覚障がい教育の専門家の人たちもいました。子ども審査員会には8歳から14歳までの子ども8人が参加。そのうち5人が視覚障がいを持つ子どもで、聖アレッシオ視覚障がい者支援施設の教員2人がコーディネータとして参加しました。

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コンクールのオーガナイザーは、イタリア全国の小中学校や高校に通う視覚障がいを持つ児童生徒のために立体的な教材を制作しているFederazione nazionale degli istituti pro-ciechi、イタリア全国視覚障がい者支援施設連盟です。イタリアでは1977年に障がいのある子どもの普通の学校への受け入れと、そうした子どもたちのための専門の補助教員制度が始まります。それに合わせて各州で様々な団体が教科書を点字に翻訳するサーヴィスを始め、連盟では特に教室で使うグラフや表、地図などの立体的な教材の製造を開始しました。そして2004年からヨーロッパのTYPHLOとTACTUSのメンバーとなり、受賞した絵本を中心にさわる絵本を編集、制作、出版するようになります。また、手で触って読んだり鑑賞するという行為をプロモートするために『指先でお散歩』というさわる絵本のワークショップ付きのさわるアート展をイタリア全国に巡回させています。

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審査は2日間にわたって行われました。一日目の午前中はレゴ・ファウンデーションが2020年より各国の視覚障がい者支援団体などを通じて、視覚障がい者の子どもに寄贈しているレゴ点字ブロックの使用法に関する講習会が行われ、審査員のほぼ全員が参加しました。レゴブロックは、レゴがこの製品を開発する前から、多くの教育者がブロックの突起を削り取って既に利用していたのだそうです。遊びながら点字に親しむことのできる面白いゲームがたくさんあり、いかにこれらのブロックが効果的であるかが実体験できました。

午後からの審査はまず、136の応募作品の中から、9つの賞の候補となりそうな20作品あまりを選び出すという作業から始まりました。選び出されたのは28冊の作品。翌日は28作品に関し、グループに分かれて議論をしながら、一人一人が0から5までの点数を個人的につけるという作業が行われました。そして上位20作品の中から、賞に該当する作品を全員で選んでいきました。大人たちのこの作業は、子ども審査員の方の審査も参考にしながら行われました。

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熱烈な議論をくぐりぬけ、「イタリア最優秀賞」に輝いた絵本は、子ども審査員もとても気に入っていたLibro scatenato (自由になってあばれる本)。アフガニスタンにおける女性と子どもたちの人権侵害の報道に触発されて制作されました。子どもが子どもとして生きる権利は絶対に守らねばならないと訴えた勇敢な絵本です。本についている長い鎖を閉じている錠前には、希望を表す鍵がついています。作者は視覚障がい児童の教育に携わっているサルデーニャの先生とその姉妹。本当は別のテーマの本を制作していたのですが、アフガニスタンのニュースを聞いて子どもたちに何かを伝えないといけないという使命感に駆られ、急遽テーマを変更してこの本を制作したと授賞式で語ってくれました。

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「アーティスト絵本賞」は今回は特別に2冊選ばれました。1冊目は2015年、第3回目のコンクールの最優秀賞を受賞したマルチェッラ・バッソの最新作の布絵本、Diversi (ちがっていてもいい)です。2015年の作品は、二人の読者(見える人と見えない人)が向き合ってすわり、お話を読みながらポケット状になっているページに手を入れ、ポケットの中でお互いの手が出逢ってリすれ違ってりする絵本なのですが、今回の新作は3人で読む大型のポケット状布絵本でした。テーマは変化する人間関係。コロナウィルスのロックダウンン中に制作された作品で、人間同士に繋がりに関する彼女なりの考察が詩的に表現されています。使用された布は全て白が基調ですが、触ると一つ一つのテクスチャーが違うのが分かります。マルチェッラはヴェネツィア美術アカデミーで装飾を専攻し、触る絵本に関する論文で卒業しました。ヨガを教えながら視覚障がい児の教育や、さわる絵本に関する様々プロジェクトに携わっています。

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2冊目は2015年のコンクールに参加し、連盟によって出版されることになったPapu e Filoの作者、 ロベルタ・ブリッダによるCosa fa l’architettura (建築ってなあに)という絵本。駒形克己のさわる絵本に想を得ており、子どもたちに建築の様々な概念を詩的に伝えています。それは、「一人にしてくれる」「守ってくれる」「迷路の中につれていく」と言ったものです。ロベルタはヴェネツィア大学の建築学科でアーティスト絵本について勉強し、卒業後も本に関する様々な実験を続けています。この作品にはLibro scatenato (自由になってあばれる本)とともに「イタリア最優秀賞」を争い、多数決により敗れてしまったために「アーティスト絵本」賞を受賞することになったという裏話があります。

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「教育的な絵本賞」は、就学前の児童に向けた連盟の布絵本シリーズ「かたつむり」の作者、マルティーナ・デシェンツィの布絵本、Triangoletto e Tondolino(さんかくさんとまるちゃん)に与えられました。本の中で仄めかされている点字の構造を遊びながら無意識に学べる、実に巧妙なおもちゃ絵本です。

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「就学前の児童のための絵本賞」を受賞作品は Le cravatte di Papa’ (お父さんのネクタイ)。毎日気分に合わせて違うネクタイをしめるお父さんがテーマの軽快な調子の詩に導かれ、色々なデザインや素材を楽しむことができるようになっています。

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「子ども審査員賞」は炎をテーマとした絵本、Una casa per Fiammetta (ほのおちゃんの家さがし)。この絵本は大人による審査の予選を通らなかったのですが、火事などの大惨事を引き起こしてしまういたずらもののほのおちゃんが、パン屋さんのかまどという心地よい居場所を見つけるというお話に、子どもたちはとても感動したということです。芸術的な質は問題とせず、ストーリーの素晴らしさに着目した子どもたちに大人審査員たちは大変感服しました。

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スペシャル・メンション「ハートの絵本賞」は、視覚障がいを持つ子どもや大人の教育に携わる人たちによって制作された最優秀絵本に与えられる特別賞です。ペルージャのオペラ・ドン・グワネッラ視覚障がい者センターで制作された絵本は、コロナウィルスによるロックダウン中に施設に通う青年たちがどんなことを感じとったのかを描いたものでした。

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文化財文化活動省の協力を得て今年から新しくできた「文化財をテーマとした絵本賞」を受賞したのは Il Museo Palatino – Accarezzare la storia di Roma(パラティーノの丘博物館:ローマの歴史を撫でる)。コロッセオとパラティーノの丘を訪れる視覚障がい者のためのさわれるガイドブックです。古代ローマの歴史、考古学者の仕事、そしてパラティーノの丘の主要な遺跡が分かりやすく説明されています。制作者はAtipiche Edizioniという、多感覚応用の本や教材などのデザインを専門とする出版社です。[この触察ガイドブックのヴィデオはhttps://www.facebook.com/parcocolosseo/videos/205958001114770 で見ることができます。]

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「最優秀布絵本賞」に輝いたのは、このコンクールで過去にも受賞しているダニエーラ・ピーガの Pepe senza coda (しっぽのないうまぺーぺ)。しっぽのないぺ―ペは色んな素材のしっぽをおしりにつけてみますが、風のしっぽという目に見えないしっぽをつけてみると、空まで飛んでいくことができたというお話です。他の人と違って何かが欠けていても、想像力を飛ばす力は誰にも負けないのだと伝えているかのようです。この絵本は編集を要する箇所がいくつかありますが、連盟のさわる絵本シリーズの一冊としての出版が望まれる作品の一つです。

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二日目の午後の受賞式は人数制限があり、参加者数は約40人。受賞の連絡を受けて、遠くからローマに駆け付けた受賞者もいました。受賞したさわる絵本たち、そしてコンクールに応募したすべての作品は翌日の美術館閉館時間まで自由に見ることが可能でした。

自分が一番気に入った絵本は受賞した建築の絵本としっぽのない馬の絵本、そして上位20作品には含まれなかった一冊、Jani LunablauによるIsola (島)という作品でした。小さな島の小さな家が海水が増加することにより、やがては消えていく、また後ろからめくって読めば、氷が戻って家が再び現れる、というテキストのない造形絵本です。他の審査員に聞いてみたところ、自分も気に入ったけれど視覚障がい者には非常に分かりにくい形だから選ばなかったと言われましたが、気候変動のテーマを表現した素晴らしい作品だと思いました。

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*photo credits: libri tattili illustrati on FACEBOOK and Ayami Moriizumi