ローマ・デッサン帳

ローマでの生活、見たことや感じたこと、絵本と美術関係の仕事について綴ります。

イタリア児童文学史ーイメージの領分-2 『ピノッキオ』の挿絵画家たち

2)19世紀末の代表作:『ピノッキオ』、『クオレ』、サルガリの冒険小説とその挿し絵画家たち

2-1) 『ピノッキオ』の挿絵画家たち


『ピノッキオの冒険ーある操り人形の物語』という作品はデ・アミーチスの『クオレ』と並んでイタリアの児童文学を代表する作品である。作者は新聞記者であったフィレンツェ生まれのカルロ・コッローディ(本名カルロ・ロレンツィーニ)。『ピノッキオ』は子どものための教訓的な作品、心理分析学的作品、おとぎ話など、様々に読み取れる。行いが悪くても最終的には人間の子どもになることができたという結末は、表向きには楽観主義的な印象を与えるのだが、『ピッノキオ』は当時の教育や社会に対する痛烈な批判でもあり、コッローディはこの子ども向けの作品を通して大人向けの作品の中では許されていなかった中産階級の価値観の転倒を試みている。例えば『ピノッキオ』の中には学校帰りの子どもたちが教科書や副読本を投げ飛ばすシーンがある。海に落ちた本を食べた魚たちは、教科書のあまりもの「まずさ」に参って吐き捨てる。その本の中にコッローディ自身の執筆した教科書が入っているばかりでなく、Pietro Thouar (1809-1861)によって書かれた、模範となる子どもたちのことを書いたお話集や、当時よく売れていたIda Baccini(1850-1911) のMemorie di un pulcino、Firenze, Paggi, 1875)など、大人に対する絶対的な服従を教え込む作品が含まれている。


『ピノッキオ』は <<Il Giornale per i Bambini>>という、イギリスやアメリカの子ども用の新聞・雑誌をモデルに創刊された新聞に1881年より連載された。(このときに添えられたちょっとしたカットのような挿し絵は無名の挿し絵画がによるものだったが、後にUgo Fleresという詩人、劇作家によるものであると判明した。)1883年にPaggiより出版された単行本の挿絵を担当したのは、コッローディの友人であり、コッローディの児童向け作品のほとんどを手がけているマッツァンティEnrico Mazzanti(1852-1893 )。マッツァンティはもともとエンジニアであり、フィレンツェの工場に関する研究書も著している。(Le migliori fabbriche di Firenze、Firenze, Giuseppe Ferroni Editore, 1876) マッツァンティはドイツ・ネオゴシックやイギリスのラファエル前派、および実証主義の間を揺れ動く作家であり、教科書や科学の教本の挿絵を描く際にも、説明を目的とした硬質な描線を用いず、風刺画などに見られるような曖昧で自由な線、およびファンタジーの要素をその中に持ち込んだ。( L'abbicci' della fisica, Torino、Paravia,, 1885 に登場する科学者は魔法使いを彷彿とさせる衣服をまとっている) 特にコッローディからは日常の中におとぎの要素を見いだす方法を学んでおり、『ピノッキオ』の挿絵には庶民の間に昔から伝わる暦書、タロットカードや人形劇の背景がなどのイコノグラフィーを取り込んでいる。



『ピノッキオ』のベンポラッド社による第2版の挿絵もやはりフィレンツェ出身の挿絵画家、Carlo Chiostri (1863- 1939) が担当。マッツァンティの場合のように、こうした豊かな作品との出会いは本人にとって非常に貴重な体験となる。キオストリの『ピノッキオ』はマッツァンティのものとは異なり、伝統的な図像の影響力はあまり見られず、コッローディがその作品の中で描写した日常の中の幻想的世界により忠実な仕上がりとなっている。キオストリは非常に多くの作品の挿絵を手がけているが、基本的に白黒の水彩画、カラーの水彩画、またはペン画の3つの手法のいずれかを用いた。陰影に富んだ地下世界的な夢の中の世界は、作家が違っても必ずその絵の中に現れ、時には文章の語り以上に読者に雄弁に語りかけることが多かった。


キオストリは実に数多くの児童文学の作品、教本、歴史書などの挿絵を描いているが、『ピノッキオ』の他にVamba (本名Luigi Bertelli  1858-1920)の『チョンドリーノ』 (Ciondolino,Firenze, Bemporad, 1895)の挿絵画家としても知られている。この作品はラテン語の勉強から逃避するために、アリに変身した少年の成長物語。ファーブルの『昆虫記』に想を得、アリ社会の描写を通じて当時の大人社会の長所や欠点を浮き彫りにしている。昆虫たちの生息する日陰の世界は、キオストリの画風にはぴったりの素材であり、人間のように振る舞う昆虫たちは実に詳細に描かれている。
キオストリはTommaso Catani ( 1858-1925 )の12巻の作品、サラーニ社より出版されたロバのマルキーノのシリーズの挿絵も手がけており(キオストリはノンフィクション系のものも含むカターノの全作品の挿絵を描いている)、ある世代の読者たちにとってはその挿絵とともに思い出深い作品となっている。これも動物が主人公のエソップ物の冒険物語であり、トスカーナ地方が舞台の残酷で奇怪な、「おうちの中で展開されるホラー」作品として児童文学史の中で評価されている。