ローマ・デッサン帳

ローマでの生活、見たことや感じたこと、絵本と美術関係の仕事について綴ります。

ミュンヘンの夏その1 ミュンヘン国立博物館、アルト・ピナコテクで出会った作品たち

 

今年の夏は久しぶりにイタリアを脱出し5日間ほどミュンヘンに行って来ました。

宿泊先は聖パウロ教会のすぐ近くの台所付きのSCHWAN LOCKEアパート・ホテルでした。ビールのお祭り、オクトーバー・フェストの会場、素敵なレストランやカフェのあるヴェストパーク地区には徒歩で行かれる便利なロケーションです。

第2次世界大戦中にアメリカ軍の爆撃を受けたため、歴史的中心街の建物のほとんどが再建されたものです。街中に自転車用の道が設けられ、そこを歩かないように気を付けないといけません。秋にも延長になったようですがすべてのバス、地下鉄、電車(特急は対象外)に乗れる月額9ユーロ・パスを利用して、色々な地区を訪れることができました。

街の中を流れる川沿いは公園になっています。水は浄化されてるので、夏は泳ぐことができます。ドイツでも雨が不足し、水位はかなり低かったですが、水浴びをしている家族や若者がたくさんいました。また、運河に流れ込む水の波を利用して、一箇所ちょっとだけサーフィングを楽しむことのできるスポットもあり、若いサーファーたちの腕前を見学することができます。

Surfing on Munich all Year even Winter... - Eisbach Wave, Munich Traveller  Reviews - Tripadvisor

バイエルン王家のヴィッテルスバッハ家が美術品のコレクターであったため、ミュンヘンにはたくさんの美術館や博物館があり、どれから見ようか非常に迷ってしまったのですが、インタネットにあったガイドブックのアドヴァイスに沿って、まずはバイエルン地方の美術と文化史を語るバイエルン国立博物館から見学することにしました。これは1855年にバイエルン第3代の王様、マクシミリアム2世(ヴィスコンティの映画で有名なルードヴィヒ2世のお父さん)によって創立された博物館で、お城のような豪華な建物の中にあります。

ここでみたゴシック時代からルネッサンス時代にかけて制作された宗教的テーマの木彫はどれも傑作です。特にティルマン・リーメンシュナイダー、そしてオットボイレンのマイスターと呼ばれている16世紀初期に活躍した彫刻家二人の作品が突出していました。

リーメンシュナイダーの、髪の毛に覆われたマグダラのマリアの昇天像を囲む天使たちは、平等院の雲中供養菩薩像たちを思い出させるようなものでした。

 

            

                                        

                    

 

十字架の下でキリストの死を嘆く(恍惚として)マリヤたちや聖ヨハネの群像は、その一彫り一彫りに祈りが刻み込まれているようです。

オットボイレンのマイスターは本名が分かっていないようなのですが、ボッティチェリなどイタリアのルネッサンス絵画の影響を受けています。その絵画的な浮き彫りのデザイン的な線の流れが全体を一つにまとめていて、まるで現代彫刻のようでもあります。パワーのあるこれらの作品をみて、ああ、もう一度木彫に集中してみたくなりました。いつそんな日が訪れるのでしょう。

 

 

翌日訪れた、これもヴィッテルスバッハ家のコレクションを中核としたアルテ・ピナコテクでは、晩年のボッティチェッリの『キリストの哀悼』を観ることができました。サヴォナローラの影響を受ける前の最盛期のボッティチェッリの作品と異なり、硬質な線で描かれていると評されていますが、アルプスを越えてイタリアにもやってきた図像に基づいて描かれた、聖母マリアのひざに横たわるイエス、の頭を抱えるクレオファの(または聖ヨハネの母である)マリアがイエスに頬ずりをしている姿がとても印象的です。

 

      

 

ミュンヘン国立博物館には、天使とともにパ・ド・ドゥを踊る幼子イエス像というものありました。優雅なエロティシズム、メランコリア(憂鬱)など、いろいろな感情を漂わせているリズムカルな作品です。15世紀末頃に制作され、作者は不詳です。

 

   

 

もっと調べてみないと詳しいことはわかりませんが、1513年に制作された、自動的に動く「アウトーマ」というロボットの発祥のような彫刻、『ライオンにまたがる死』という大型な彫刻も圧巻でした。レオナルド・ダ・ヴィンチも晩年にフランス王フランソワ1世のために、王家の紋章にある百合の花が胸から飛び出す仕掛け付きの、歩くライオンのロボットを作成したと言われています。

 

こちらは、下の方に刻んであるようにヴルムス出身のコンラート・マイトのアラバスターの彫刻、『ユディトとホロフェルネスの頭』。1525年頃の作品です。

アッシリアに攻め入られたユダヤ王国を救うために、ユダヤ人女性ユディトが司令官ホルフェルネスの陣営に乗り込み、彼の首を切り落とし、アッシリア軍は敗走します。この物語は特にバロック期に大変人気があり、カラヴァッジョや女流画家、アルテミージア・ジェンティㇾスキによって何度も取り上げられています。

ローマでは昨年末から今年の3月いっぱいまで、この画題を扱った16世紀、17世紀の傑作29点を世界から集めた展覧会が開催され、大変話題を呼びました。

タイトルは『カラヴァッジョとアルテミージア。ユディトの挑戦:16世紀17世紀絵画にみる暴力と誘惑』というすごいものでした。カラヴァッジョは殺人を犯し、アルテ三―ジャは絵の先生に強姦されました。この二人の個人的な体験が画面にダイナミズムを与えているということもあるのでしょうが、この時代は非常に治安が悪く、暴力的な行動が普通に見られるのでした。その様子を非常にリアルに、美的に描いたのがパトリス・シェロー監督のフランス映画『王妃マルゴ』ではないかと思います。

マイトのユディトはピエロ・デッラ・フランチェスカに代表されるような、ルネッサンスに特有な、理性的な姿で描かれています。野性的な本能に打ち勝つ理性を表す、寓意的な作品として読み取ることもできます。ユディトは気品ある貴族の女性として描かれ、マイトの師匠であったクラナッハやデューラーの女性の裸体像を彷彿とさせています。

アルテ・ピナコテク、絵画館ではアルブレヒト・アルトドルファーの『聖母マリアの生誕』という作品が特に気に入りました。これは宗教改革の始まっていた時代に描かれた作品で、アルトドルファーの、建築的な空間に対する興味がうかがえます。マリアの生誕の場面はこの時代の家の中ではなく、教会の中で展開しており、生まれたマリアの上を天使たちが輪を作って飛んでいます。まるで教会の中で画家が見た幻覚のようです。

現在フィレンツェのウフィツィ美術館にあるボッティチェッリの『神秘の降誕』にも輪を成して踊る12人の天使たちをみることができます。

           The Mystical Nativity.jpg

ボッティチェッリのこの構図はサヴォナローラの説教の内容に基づいているのだということが現在、分かっています。12人の天使たちはマリアの12の徳を表しているのだそうです。

                                     La mandorla illuminata e semovibile del Brunelleschi

 

アルトドルヴァ―の天使の輪は、1430年頃に建築家ブルネレスキがフィレンツェの大聖堂で展開した受胎告知の機械仕掛けの大スペクタクルにも想を得ているのかもしれません。宗教改革が普及する以前にはドイツの各都市でも、大がかりな宗教劇が行われていました。