2009年 12月 ロッシーニのローマの風景 Rossini's Roman Landscapes
日本でも浮世絵が発達したように、ヨーロッパでも同時代
銅版画によるアート作品の広い層における普及があった。
銅版画家ピラネージの活躍によって、ローマの風景画、古代ローマの遺跡画などが
ジャンルとして確立するのだが、
19世紀にはロッシーニという版画家がローマの風景画の制作に更に広がりをもたせた。
会社の上司が日本に帰国するというのでそのお餞別に
ローマの風景画の銅版を探しているという友人の依頼により、
銅版画を専門に扱っているコレクターに今回会うことになり、
ロッシーニの版画、
「ハドリアヌス帝廟とエリオ橋 (現天使城と天使城橋 )の全景、」の購入に立ち会った。
ピラネージの版画(19世紀の再版)も勧められていたのだが、
こちらは聖庁評議会の建物(現在の衆議院)がメインで
どちらかというとローマによっぽど通じていないと
楽しめないものではないかということで、ロッシーニの版画に決定。
ううん。さすがのピラネージは雲の描き方だとか、
遠近法のテクニックにより優れているのだが、
ほのかにロマンティックなタッチの感じられるロッシーニの版画のほうが
ノスタルジーを誘うに違いない・・・
堤防が建設されたおかげでローマの街は洪水に遭わなくなったのだが、
昔、テヴェレ川は街の人々の生活にとて欠かせない場であった。
近年、観光船、屋台の並ぶ夏の縁日風のお祭りや文学祭、映画上映、
そしてサイクリングロードの整備により、
テヴェレの岸辺もようやくローマ人の生活の中に戻って来たのだが、
まだまだテヴェレの岸辺に降りていくのは危ないのではないか、と
思われているところがある。
銅版画によるアート作品の広い層における普及があった。
銅版画家ピラネージの活躍によって、ローマの風景画、古代ローマの遺跡画などが
ジャンルとして確立するのだが、
19世紀にはロッシーニという版画家がローマの風景画の制作に更に広がりをもたせた。
会社の上司が日本に帰国するというのでそのお餞別に
ローマの風景画の銅版を探しているという友人の依頼により、
銅版画を専門に扱っているコレクターに今回会うことになり、
ロッシーニの版画、
「ハドリアヌス帝廟とエリオ橋 (現天使城と天使城橋 )の全景、」の購入に立ち会った。
ピラネージの版画(19世紀の再版)も勧められていたのだが、
こちらは聖庁評議会の建物(現在の衆議院)がメインで
どちらかというとローマによっぽど通じていないと
楽しめないものではないかということで、ロッシーニの版画に決定。
ううん。さすがのピラネージは雲の描き方だとか、
遠近法のテクニックにより優れているのだが、
ほのかにロマンティックなタッチの感じられるロッシーニの版画のほうが
ノスタルジーを誘うに違いない・・・
堤防が建設されたおかげでローマの街は洪水に遭わなくなったのだが、
昔、テヴェレ川は街の人々の生活にとて欠かせない場であった。
近年、観光船、屋台の並ぶ夏の縁日風のお祭りや文学祭、映画上映、
そしてサイクリングロードの整備により、
テヴェレの岸辺もようやくローマ人の生活の中に戻って来たのだが、
まだまだテヴェレの岸辺に降りていくのは危ないのではないか、と
思われているところがある。