ローマ・デッサン帳

ローマでの生活、見たことや感じたこと、絵本と美術関係の仕事について綴ります。

ボローニャ国際絵本原画展 取材雑記 その1


今年のボローニャ国際絵本原画展も非常に興味深い
ラインアップとなりました。
こちらのコンクール形式の展覧会は
絵本の世界に携わりたいイラストレーターにとっては登竜門。
毎年世界中から3千人以上のイラストレーターたちが
5枚の作品を応募します。

2019年版はこの展覧会の日本巡回展の幹事館である、
東京板橋区立美術館のリニューアルオープニングを
記念する展覧会となります。
板橋区立美術館は、現在副館長であるキュレーターの
松岡希代子さんの長年にわたる活躍のおかげで
日本のイラストレーターたちにとっては世界の絵本動向に
直に触れることのできる一つのセンターとなっています。

巡回館では1996年頃から、国際絵本原画展の主催者である
ボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア会場での
国際絵本原画展の様子を伝えるドキュメンタリーヴィデオが
見られるようになりました。
ヴィデオ制作のおかげで、毎年総入れ替え制の審査品の人たち、
ブックフェアを訪れた入選者たち、
世界の編集者たちに取材をし、
絵本の世界的な動向や、絵本出版に関する問題提起をとらえ、
ブックフェアのマネージメントにも細かいフィードバックを
することが可能です。

映像自体は25分程度なので、日本人の入選者で
ボローニャにいらっしゃる方がとても多ければ
特別なルポルタージュを組み込むことは難しいのですが、
今までに制作されたヴィデオの中で一番気に入っているのが
多分2007年版で、ここでは自分で音楽も作り、
ボローニャ郊外のピアノ―ロに在住する日本人イラストレーターの
よっちさんにボローニャの街をスケッチしてもらうという
企画を組むことができました。
この年は大好きなヴォルフ・エールブルッフにもインタビューを
した年だったと思います。
今までに一番印象に残ったのはアンソニー・ブラウンとの出逢いでしょうか。
カップルで入選した二人の作家のボローニャ見本市
プロジェクト持ち込み日記というのも昔組み込んだこともあります。
二人の入選作品は審査の時からイタリアの審査員に気に入られていたのですが、
その審査員の出版社に持ち込みをした翌年に出版され、
今でもイタリア語で出ている日本民話絵本の中で
最も素晴らしいものの一つです。

D.Longaretti, M.Tazumi “Urashima Taro”, Orecchio Acerbo, Rome 2009

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確か1998年頃からでしょうか、国際絵本原画展の審査を
取材してもいいかどうか聞いたところ、
はい、もちろんいいですよ、とさらりと言われて
びっくりしました。
イタリアでは中学の卒業試験からして一般公開されるので、
審査に人が立ち会うのはある意味で当たり前であると
考えられているようです。
今までの3日間にわたる審査課程の取材の中で、
カメラはお断り、と言われたのはたったの一回でした。
審査過程を観察することにより、
審査員それぞれの個性、イラストレーションに対する
考え方にも触れることができるので、
とても刺激になります。

審査員同士が恋に落ちる、という事件も一回ありました。
特に男性のほうが審査中にも彼女から目が離せなくて
大変だったのを思い出します。

今年は松岡さんの発案により、ブックフェアにおける
日本ということで取材をしてみました。
ボローニャを拠点とするキラキラ出版のエレナ・ランバルディさん、
フランスで五味太郎さんや岡田千晶さんの絵本を出版している
日本がテーマのノビノビ!出版を立てた若い編集者たちに
インタビューをしました。
そして日本からはブロンズ新社の若月眞知編集長に取材。
ブロンズ新社で出版された、五味太郎さんの絵本、
TUPERA TUPERAさん、ヨシタケシンスケさんの絵本は
世界中で出版されています。
ヨーロッパには今、日本ブームがあるのですが、
絵本に関して言えば、日本的だから興味が持たれているのではなく、
絵本を作る日本人作家や編集者たちが
子どもの目線を大切にし、
あらゆる世代が共有できるものを作ろうとしている、
そういう姿勢が明らかになりました。
また、ヨーロッパの大人や子どもにとって
日本はものの見方やもののとらえ方の全く違う
不思議な国なので、とても惹かれているのだと。
今までとても表面的だった知識や情報が、
どんどん正確に伝わるようなり、
日本文化や日本の精神性は日本人だけのものではなく、
世界に共有されるものになりつつあるのだという
感触がつかめました。
(それはマジンガーのアニメとポケモンに発祥が
ありそうです。文学では吉本ばななにはじまり、村上春樹を経て。)

世代にわたって日本が楽しめる本の一つの例が今年、
イタリアのモンダドーリ・エレクタ社から出版された
全頁イラスト入りの「ジャッポマニーア」。
日本の観光スポットだけでなく、日本の習慣やタブー、伝統が
分かりやすく、面白く紹介されていて、
子どもにも大人にも大人気なのだそうです。
イラストを手がけた作家は日本に行ったことのある
イタリア人女性で、旅行の時に行く先々で
スケッチ日記を描いていました。
スケッチは参考資料としてとても役に立ったけれど、
女性の座り方とか、おじぎの仕方、
大きい声でしゃべると白い目で見られる、空気を読む、などの
文化的側面は全くつかめていなかったので、
本のプロジェクトに携わることによって
違った意味での「日本旅行」ができたと、
とても喜んでいました。

M.Reggiani, S. Ferrero, "Giappomania", Mondadori Electa, Milano 2019

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Sabrina Ferrero, illustrator 
この絵本プロジェクトの色の選択には
フランスで出版された色がテーマのカタログ
「コロラマ」のお世話になったとも
語ってくれました

イタリアでつげ義春の作品を中心に出版している
ローマの出版社の編集長にも会いました。
今までフランス語や英語版しかなく、
ようやくイタリア語で読めるようになりました。
カニーコラ出版はローマベースの小さな出版社。
子供向けの漫画絵本も出版しており、
その中の一冊の原画を今年の国際絵本原画展に
応募した作家がいたのですが、今年入選し、
しかもアンダー35歳を対象としたボローニャSM財団国際出版賞を受賞。
賞金の他に、この賞をブックフェアと主催している
スペインのSM出版と絵本を作りことになり、
その新しい絵本の原画の展覧会が
ブックフェア期間中に国際絵本原画展と同じ会場の中で
開催されます。
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こちらが受賞したSara Mazzettiの子どの向け漫画、
「エルセの宝石」
SM財団の賞の審査員はベルギーのクラース・フェアプランケ、
人気絵本作家ベアトリーチェ・アレマーニャなど。
今回ベアトリーチェともたくさんお話できたので
よかったです


さて今年の審査員です。

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今回インタビューにも登場していただいた
韓国のイ・スンヒさんの作品を審査する審査員たち
神秘的な世界が描かれているという評でした

フランスのALBIN MICHELで斬新な絵本のシリーズを手がけている
ベアトリス・ヴァンサン。
子どもの視線を大切にしたいい作品をたくさん選んでいる一方で、
全く他の作品とは異なる、不思議なものを選んでいました。
彼女がオランダのハリエットさんとともに
日本の間中ムーチョさんの作品を選び出し、
他の審査員が反対する中、今回の展覧会にいれるべきだと主張。
パリで見た日本のart brut の展覧会を見たばかりで、
そういった表現も子どもの絵本に必要であるとのことでした。
日本で『レナレナ』の絵本で知られるハリエット・ヴァン・レーク。
絵本作家であるばかりでなく、アーティストでもある彼女は
力強いブラッシュワークの作品をたくさん選び出していました。
文字と絵をテーマに作品を作っていて
言葉の「感情を描き出すことのできる」書道にとても興味を持っているとのこと。

イタリア人作家のアレッサンドロ・サンナさんもハリエットさんのように
国際絵本原画展に入選している作家です。
しかし、最近、入選できなかったので
審査が一体どうなっているのか知りたいという気持ちを伝え、
審査員ににも抜擢されたとのこと。
作品をとにかく丁寧に見ていましたし、
誰も気づかなかったような個性的な作品を
たくさん入れていました。
今回入選できませんでしたが、前にも入選した
アメリカ在住の日本人イラストレーターの作品が
イタリアの作家、グラーツィア・ニダージオの筆さばきを
彷彿とさせる素晴らしいものだとコメント。
日本人作家のシンプルで詩情的な作品にもとても惹かれていました。

アルゼンチンで革新的な出版社もやっている
ディエゴ・ビアンキさんは、カラフルで表現豊かな作品を
選んでいました。
ハリエットさんは、北ヨーロッパから来る自分とマチエイさんだけが
色の地味な、物静かな作品を選ぶ傾向があり、
ラテン系のアレッサンドロとディエゴが幸福感にあふれる
色鮮やかで賑やかな作品を好んで選んでいると、指摘していました。
ディエゴさんのペケーニョ出版の開催するワークショップは
コミュニティーとしての一体感を高めるものが中心です。
本作りは一つの民主主義的な行為なのだと伝えています。
今回のヴィデオの中でも、若いイラストレーターたちは
デジタルで作品を作る人が大半で、
応募作品の中にも手描きのものがどんどん減っていると
危惧していました。
ベアトリスさんも言っていましたが、
ソーシャルネットワークの効果で
世界中のイラストレーターが同じような作品を作るようになっています。
それは使う道具もおなじでスキャンナー、プリンターもどの国でも
同じであるということも影響しているようです。
作品がみんなスキャンナーに収まるサイズで
展覧会として作品の輸送や額装には実に便利ですが、
素材感のある生の作品の持つ力強さは、
プリントアウトされたものと比べると、より雄弁です。
ディエゴさんは、日本人の応募者は手描きの作品を
送って来た人が多かったと指摘していました。

審査員のディエゴさんは
今年の板橋区立美術館夏のアトリエの講師です
見たものの記録やスケッチから絵本のアイディアを抽出する方法について
一緒に考えます

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これがディエゴさんの持ち歩くスケッチ帳
すっかり二重あごを描かれてしまいました

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アルゼンチンの街で拾った色んな紙くずも貼り付けられています
日本でやるワークショップに参加する
日本人アーティスにも面白いゴミを拾ってほしいですと最初
おっしゃっていましたが
日本の街にあまりゴミは落ちていませんね


以下のアドレスで、ペケーニョ出版の主催する
絵本制作ライヴのワークショップのヴィデオを見ることができます